着る人の個性を引き出せるおしゃれな着物として人気の「紬」(つむぎ)。着物雑誌やテレビに出てくる着物好きの芸能人のスタイル写真等を見て「紬を見たことがある、知っている」という人も多いのではないでしょうか。日本には様々な紬がありますが、ぜひ知っておきたい存在が「郡上紬(ぐじょうつむぎ」です。
渋みのある色合い、絶妙な光沢、そしていつまでも愉しむことができる伝統と革新が交錯したデザイン…その魅力的な風合いは、多くのファンを生み出しました。郡上紬は現在も高級着物として扱われており、中古着物買取業界でも高値で扱われています。今回はこの「郡上紬」について、特徴や歴史、そして着ない郡上紬を手放す場合に知っておきたいポイント等の情報をわかりやすくまとめてみました。
ちょっと前の。
紬×紬。
この着物、某リサイクル店にて踊るほどの安値で手に入れた郡上紬。
店主がものをわからずに「色褪せちゃって」と言っての破格!
私は残念ですねと言いながら「でも織りはいいから、染め直しでもしてみます」と引き取った。
いやあ、いい買い物だったわ(^_^; pic.twitter.com/gnkPh356k9— 加門七海 (@kamonnanami) October 27, 2018
今日は友人との食事会です。隠れ家イタリアンなので、郡上紬にしました。寒い日の郡上は本当に温かい。#着物 #着物コーデ pic.twitter.com/CvlH1srTno
— 白檀堂 11/3令和浪漫シック (@byakudando) January 7, 2019
この記事の目次
郡上紬とはどんな着物?
郡上紬とは、岐阜県郡上市八幡町で生産される紬(つむぎ・絹織物の一種)のことを指します。「絹」というと一般的なシルク素材のようなツヤツヤで滑らかな布を思うかべる方が多いのですが、この「ツルツルのシルク」は繭から引き出した何本もの糸を撚り合わせて作った「生糸(きいと)」で織るものです。
紬では同じ「繭(蚕の繭)」を使いますが、生糸を作るには不向きとされる屑繭(くずまゆ)等から作る真綿を原料とし、手で紡いだ「紬糸(つむぎいと)」を使って織ります。そのため一般的なシルク製品や正絹着物とは異なり、その風合いは素朴で堅牢。丈夫さと着心地の良さを誇ります。
中でも「郡上紬」は肌触りが柔らかく、そして羽織るだけでも温かいのが特徴。天然染料による染(草木染)にこだわり、現在においても手織りのみで作られるという「郡上紬」は、生産数も比較的少なく、希少な着物として扱われています。販売ルートも非常に限定されており、特約店は岐阜県郡上市に居を構える呉服店一店舗のみとなっています。
郡上紬の歴史
郡上八幡ではもともと、農家が出荷できない屑繭をためて糸をつむいだものを手機で織った「地織」と呼ばれる織物の生産が盛んでした。これは工芸品として出荷するものではなく、農家が自分たちで着るために織ったものです。その伝統は平安時代頃にまで遡るとも言われるほどでしたが、明治時代ともなると物が豊かに入ってくるようになった上、着物を着る習慣が徐々に廃れていった結果、「地機織り」の習慣は徐々になくなっていってしまいました。
この紬の織物『郡上紬』を復活させたのが、1914年(大正3年)にこの土地で生まれた宗広力三氏です。戦前から開拓農民の育成、ホームスパンの試作等に積極的に関わってきた宗広氏は、戦後に地元に戻ってから、衰退してしまった文化である「郡上紬」に着目。絣織の研究も行うために、郡上工芸研究所も設立しました。
昔ながらの製造方法に宗広氏による様々な研究成果が加えられた『郡上紬』は、様々な文化人達から高い評価を得るようになります。特に世間に彼の名を知らしめたのが、白洲次郎氏の妻である白洲正子さんの存在です。高い審美眼とセンスの良さで知られる白洲正子さんが愛好する着物として『郡上紬』が紹介されたことで、郡上紬は着物好き達から注目される「通好みの着物」となります。
宗広力三氏による紬縞織と絣織の技術は国からも高い評価を受け、1982年には彼は重要無形文化財保持者ともなりました。つまり『郡上紬』は、人間国宝が作り上げ、世に広めた紬なのです。
宗広氏は『郡上紬』の生産について、昔ながらの製法にこだわること、大量生産といった道には絶対に踏み入れないことを理念としていました。氏の死後に技術を受け継いだ人々もこの理念を守り、徹底した手仕事による生産管理体制が敷かれています。また郡上紬の工房は生産者の集中を妨げないために非公開とされる等、公開されている情報が比較的少ないのも特徴です。現在は生産者数が二人にまで減り流通量が極端に少なくなったため、「幻の着物」とも言われています。
郡上紬の特徴
「どぼんこ染め」によるぼかし
「どぼんこ染め」は、郡上紬を確立した宗広力三氏の研究による染色技術です。染料液に糸をまっすぐに垂らすように入れて、その繊維が染料を自然に吸い上げる力を使っています。染料液の量を調節したり、糸の引き上げ方を変えることで糸の染まり具合は少しずつ変わります。これらの糸を組み合わせることによって、平面的ではない「ぼかし(グラデーション)」の表現ができるようになりました。
従来の紬とはひと味もふた味も異なる素朴でありながら現代的なセンスを持ったその染めに、多くの人々が魅了されたのです。
「天然草木染め」による味わい
『郡上紬』の染料には、藍(あい)、茜(あかね)、刈安(かりやす)等の植物の樹皮や草木を煮出した煮汁が使われています。戦後には多くの化学染料が安価に手に入れられるようになりましたが、宗広氏は科学染料を用いず、天然染料による手間のかかる染色にこだわりました。
草木染は糸がしっかりと染まるまでに、何度も何度も繰り返して染を行う必要があります。その手間をかける分だけ、色あせをしにくくなり、時間が経つ毎に色が深くなっていくのが魅力です。
現在の工場で安く作られる大量生産品とは異なり、『郡上紬』は何度も着ることでツヤが出て味わいが生まれてきます。トレンドに流されることなく、自分に合う「良いもの」を長く着ていきたい--本物にこだわる人々から『郡上紬』が高く評価された理由には、このような「長く付き合える着物」という点も挙げられるでしょう。
郡上紬を手放す場合の注意点
上記のような様々な魅力を持つ「郡上紬」。しかし紬は着物の種類としては「おしゃれ着」にあたり、フォーマルな場には着ていくことができません。そのため着物好きの方からは「粋な着物」として好まれるのですが…ふだんほとんど着物を着ないご家庭の場合、「家に家族が遺した紬があるけれど、着る機会が無い…」ということで、郡上紬が家に眠ったままになっているというケースも少なくないようです。郡上紬を買取業者等に売る場合には、どのような点に気をつければよいのでしょうか。
「着物専門取扱」の業者を選びましょう
中古の品を取り扱うリサイクル業者には様々な種類がありますが、『郡上紬』を売りに出す場合には「着物専門業者」を選ぶことを強くおすすめします。またできれば、販売ルートを国内に絞り込んでいる高級着物専門業者を選ぶのが理想的です。
作家名の入った証紙を探しましょう
着物・反物には、購入時に伝統工芸品の組合などが着物の品質を保証する印として『証紙』がついてきます。証紙には織元名称・使用素材・登録商標等の情報が記載されるほか、製品によっては作家名等が入れられます。
『郡上紬』の場合、人間国宝である宗廣力三氏、また氏の弟子である宗廣力山氏の製品については特に高額での査定が付く可能性が高くなります。宗廣力三氏の場合であれば、状態によっては10万円以上の買取価格も期待できるでしょう。
製作者が証明できる証として『証紙(証明書)』が保管されていないか確認してみることをおすすめします。
おわりに
天然繊維・天然染色である『郡上紬』は、保存状態が悪いと虫喰い等が起きてしまったり、カビによるシミや黄変等のトラブルが起きる可能性がかなり高い着物です。いくら高価な人間国宝制作の着物であっても、シミや虫喰い等の状態があまりにも酷い場合、査定金額が大きく下がることも考えられます。
将来的に『郡上紬』を手放す可能性がある場合には、できるだけ良い状態を保てるように陰干しや防虫剤の入れ替え等のお手入れをしっかりと行うようにしましょう。